うみうみう日記

主に建築・写真

自邸について_01

「本来住宅設計に​コンセプトは​必要なく、​ただ心地よい​空間が​計画できれば​良い。​」

ある​住宅作家に​よる​このような​つぶやきを​見かけた。​

それは​一つの​正解かもしれないが、​自邸では​あえて​コンセプトを​明確に​して​取り組みたいと​考えた。​

​その​目的は​自邸を​通して​自己​その​ものを​探求し、また、それを発信することだ。​

 

①自己⇒自己:

人は意外と自分のことを知らない。なぜ建築の道を選んだのか、どのような建築が好きなのか、どのような建築士になりたいのか、建築を通して世の中にどのような影響を与えたいのか。

 

良い建築には魂が宿るという。昔、吉阪隆正の回顧展で「建築をつくることは自分の魂を建築に移すこと」と書いたメモが置いてあった。魂を自分の生み出したものに分け置くなんて、なんて素晴らしい考え方だろうと思った。建築家はつまるところ、自分自身を建築を通して表現している。そして人々は我々の魂が乗り移ったその建築を利用する。日常で、大切な日に、一人で、仲間達と。

 

建築は我々が社会と繋がるための器であり、我々が社会に対してできる唯一の貢献でもある。

最初の問いについてだが、30代を迎え、改めて考える良い機会だと思った。10年掛かっても良いから、それを見つけるつもりだ。

 

②自己⇒社会:

前述の通り、建築士という職能にとって、​社会との​つながりは​絶対条件だと、今のところ考えている。

そのため​これからの​世代と​して、日ごろ​考えている​問題​意識や​それに​ついての​取り組み方​針を​発信するべきだ​と​強く​思う。

​それは普段の​実務だけでは​十分に​できないので、​自邸を​通して​発信したいと​考えた。​

 

②社内への​発信:

私が所属する組織設計事務所には多彩な人材がおり、社内でも毎週のように情報交換のためのレクチャーが行われている。一方、それらの内容は​定型業務の合理化や、最新の事例の視察報告、或いは施主説明のためのストーリー作り(悪く言えば言葉遊び)にやや偏重しているように感じる。いずれもエンジニアとして大切な内容だが、​その​屋台骨と​なるのは個々の建築家の​思想ではないのか。​

私は後者について議論する時間がもっと必要だと思っている。​思考し、​意見を​交わすことにより建築士としての成熟に近づくと信じている。何かしらの形で社内に発表し、意見交換をしてみたいと考えている。

 

1/n

16.山中リモートワーク体験記

5年前の下書きもあった笑

会社に来ていたおにぎり屋さんの地元に同期と行った際の話だ。

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ゴールデンウィークに行ったリモートワーク体験についてまとめておく。

 

日程について

1日目

8:00-新宿集合

10:30-スピード違反で捕まる(罰金¥15,000+2点)

12:00-小千谷インター到着、買い出し、昼食

15:00-法末集落到着、ゲストハウスりぜん(割と汚い)の掃除

16:00-主と集落周辺の案内

18:30-全員で夕食準備、夕食(ばあちゃん家で出てくる量)。

21:00-主、帰宅。トランプ、なんじゃもんじゃ、風呂タイム

25:00-就寝

 

2日目

8:30-朝飯(パン)

9:00-主による集落案内

12:00-りぜんの庭掃除

13:00-昼食(そば)

13:30-少しだけ仕事、一度コンビニへ降りる

14:30-主作の足湯

15:00-道路工事

17:00-銭湯に移動

18:00-風呂タイム。サウナ1往復

19:30-夕食準備,夕食

21:00-主、帰宅。トランプ、恋バナタイム

25:00-就寝

 

3日目

8:00-朝食(パン)

9:00-今回の体験について意見交換

11:00-集落出発。途中十日町に寄り道

20:00-新宿帰京

 

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日程からもほぼワークしてないことが認められる。

PCとiPadはウェイトでしたね。

 

1. リモートワーク

①ロケーションについて

本社が東京にあるとすると、リモートワークの拠点としては遠いと感じた。最寄りの小千谷市中心部まで降りるのには15分程度と不便ないが、新幹線の駅から車で毎週来るとなると厳しい。

毎年GWとか盆前に何週間か来るようなスケジュールの方が、しっくりくる気がした。

 

 

②建物について

りぜんは築100年程度の、かなり立派な古民家であった。とはいえしばらく人が住んでおらず、主もそこに住んでいる訳ではないのでお金を取って人を呼ぶには一度きちんと掃除しないといけなそうだ。ここらへんの感性はおっちゃんには中々分からないと思われるので(そもそも不衛生と思っていない)、若い人かおばちゃんが運営メンバーにいないと厳しいかも。

トイレの換気扇が激弱でウンコすると臭すぎるので、そこは改善点だ。さらにアンダーカットが5cmくらいあり、音が筒抜けなところももし知らない人と一緒に使うとなると気になるところだ(女の人ならなおさら)。

キッチンは掃除し甲斐がありそうだったが、皿の量がえげつなかった。立派な大皿もかなりあったのでダメ元で1枚ゆずってもらえるようお願いすれば良かったかな。

 

③働き方について

今回は結局ほとんどワークできていないので、あくまで予想だが、、

りぜんは広いので、日中働く分には不自由なさそうだ。メンバーからは床座に慣れていないので縁側に座れる場所が欲しいとか、そんな意見が出ていた。

 

2.いち田舎として

法末集落は棚田が美しい山奥の集落だった。

主の話によれば、2004年の中越地震で被害を受け、一時避難したものの住民たちは自分の意思で集落に戻ってきたようだ。

最近は山道を走るトレイルランの会場になっているらしく、ちゃんとしたマップがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地方

一年以上前の下書きを発見。

 

最近は「地方」に興味がある。

私は現在墨田区に住み港区で働いているため、日々の生活は23特別区内でほぼ完結している。さらに幼少期から新宿まで30分の川崎で育ったので、地方とはほぼ無縁の人間である。厳密には幼少期の活動範囲はそんなに大きくないので、「東京」を身近に感じていたわけではないのだが、いわゆる「地方」と比較すれば十分に「東京」と地理的に近い恩恵を受けていたのだろう。

そんな中でなぜ地方に興味を持ったかというと、まずは本能的な衝動がある。東京は魅力的な街だが、人間として自然な生活を営むのに最適ではないと思う。ありきたりな感覚だが、自然と繋がっていないことが徐々にストレスを蓄積させる。お気持ち程度に建物の上に置かれた樹木ではこれを癒すことはできない。もっと言えばアスファルトとコンクリートで舗装された地面から、常に足元からエネルギーを吸い取られているような気持ちになるのだ。土との繋がりは大切である。

もう一つ。これが重要だが、生業の面でも、都市建築を専門にすることについて限界を感じはじめている。仕事としては不満は全く無いが、もっと土地や人と会話して生まれるような建築を作りたい欲求を禁じ得ない。それはネットサーフィンして調べたような歴史や文脈を言葉遊びして作るようなものではなく、必然性のある、実用的な、特定の誰かのための建築だ。そうなるとこれを都市建築で実現することは不可能に近い。

隈研吾が「日本の建築」の中で、訪日したブルーノ・タウトが桂離宮に「関係性の建築」を見出したと言及したが、今興味があるのはその概念だ。これを自分の建築で実現するために、環境との「関係性」を突き詰める経験をしたいと強く思う。

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瀬戸内芸術祭2025

○今年のゴールデンウィークは瀬戸内芸術祭に行ってきた

 

訪問は2回目のところが多かったが、新しい気づきも多くあった

特にベネッセハウスミュージアムが素晴らしく、書き残しておきたい

ベネッセは当初福武書店という社名の岡山の企業であったようだ。

その家系にある福武總一郎氏が、自身のプライベートな体験に基づき企画した美術館がベネッセハウスミュージアムである。設計はご存知の通り安藤忠雄氏である。

福武氏のインタビューにあった言葉に非常に共感した。

ディテールは異なると思うが、アートを制作したり鑑賞したりすることや、美を追求することは人間の根源的な活動であるという趣旨の言葉であったと思う。

美術やアートは、娯楽と捉えられることも多い。また、現代アートにおいては富裕層に高額な取引をされるようなこともあり、大衆には関係の無いものと考える人も多いと思う。また、実際そのような側面もあると思う。

福武氏の理念に共感するのは、その土地の人々に還元されるアートの在り方を目指し、そしてそれを実現しているところだ。つまり瀬戸内芸術祭は社会的な活動である

東京と地方の持つ・持たざるものを人々が享受できるような素晴らしい試みだと思う。

ベネッセハウスミュージアムでは、オペレーションも緩く、来館者は思い思いに自由な楽しみ方をしていた。子供が走り回ったり、アートの前で踊る動画を撮ったり、景色の良いスポットで黄昏れたり。。。都内のギャラリーでは怒られそうな活動が、美術館の中そこかしこに存在し、それがある種見ていて楽しく、他にはない幸福感を生み出していた。

オシャレぶった、意識高い人が集まるファションとして(消費される)のアートではなく、人々を元気にする(影響を与える)本質的なアートの形であった。

我々建築家も同様で、社会に何かを生み出すものの本来の目的をひと時足りとも忘れることは許さないことを改めて胸に刻み、帰京した。

 

 

 

 

 

30

多分社会人2年目かその辺だから25,6あたりからだけど、街の中や電車とかで同世代と思う人が体感多くなった。多分感覚の話で、歳をとると見た目も1,2年では変わらなくなるからなのだろう

なんとなく仲間が増えた感覚というか、そんな感じがしたのでした

それだけの話

■

会社のpeople relay(仕事あんまり関係ない自己紹介コーナー)で1群の宿南さんの記事がすごかった。

まず札幌の仕事での60枚におよぶビジホスケッチ。出張って結構疲れるからホテルに帰ってからスケッチするなんてとんでもない体力だ。しかも絵もうまいし。

ホテルの部屋って中身も大事だけど、根本的にスパン割とか奥行を収集したらかなり有用な資料になりそう。ビジホ程度のグレードだと間口は合理スパンできまるのかな。単体用途だったらほとんど同じ間口になったりしてるかも。

あとCH。体験的にはホテルは階高かなり詰めているものが多い気がする。客室は頑張ってるとして、廊下のCHも一緒に集めたら良さそう。それとセットで縦シャフトが客室側にあるか、廊下側にあるか、とか。

次に分解。時計みたいな機械を分解したい気持ちは男であれば一度はあるが、分解した機械を戻せずに後悔しつつ廃棄みたいな経験もまたある。それを趣味として続けているとは狂気を感じる。

最後に自作鞄について。時計のベルトから始まったと書いてあるが、クオリティ高し。。しかも機能がデザインされていてすごい。

誰でもああいうこと、こういうことやりたいと思うのは簡単だけど、実践する人はほとんどいない。それをこんなにいくつものことを実践に移しているとは、すごい人がいるものだなと思ったGW2日目であった。

2024/02/17 土曜日

起きたら11時

急いでゴミ捨てへ。良かった間に合った。

土曜のごみ収集を遅くしてくれる墨田区ありがとう。

 

朝ごはんを作る。

おみちゃんが作ってくれたカレーを食べる。

2日目カレーならぬ3日目カレー。

と思ったがご飯がないのに気づく。冷蔵庫奥底にあったいつぞやの冷蔵ご飯をチンしてみた。

ちょっと変なにおいがするけどカレー欲に勝てず食べた。カレーが美味しいのでにおいは気にならなくなった。

 

カレーを食べながら満を持して牛沢実況のキムタクが如くロストジャッジメントの最終回を見た。

八神も桑名も相馬もかっこよかった。

 

土曜日はいつも何もする気にならないので、そのまま東海オンエアの昔の動画を観た。

大学時代を思い出して懐かしい。

 

トマトのパスタを食べた。一食分で括っているパスタじゃないとつい食べすぎる。バジルが調味料箱の奥底にいて手こずった。

 

食べたら眠くなって2階へ。

まだ何も家事をしていない。皿は洗ったけど。

 

布団でゴロゴロしていたら6時くらいになっていた。土曜に予定を入れないと大体こうなる。

 

YouTube視聴は動画編集の勉強だったということにして、プレミアプロを開く。結婚式のオープニング動画だが他のAdobeソフトとまた違って慣れない。

文字を入れただけのはずが、文字が途中で動く。

苦戦しているうちにおみちゃんから連絡あり。風邪っぽいらしい。心配。

 

夜ご飯を作っておこうと思い米を炊いて鍋の用意。鍋は簡単すぎて料理というより用意。

にんじんと大根だけ煮つつ風呂の用意。普段はありえないが2日間風呂に入っていなかった。

 

和風のパック出汁が無かったので肉の調達のついでに買う。近くのスーパーは肉魚が弱すぎて買う気にならないが、イトヨまで行く時間でもないので我慢した。

 

鍋完成と同時におみ帰宅。

本当に体調が悪そう。大丈夫だろうか。

食べた後はそのまま寝た。すぐ寝ていたが少し苦しそう。

かくいう自分も昼間あんなに寝たのにすぐに眠りについた。